鎌倉宮・瑞泉寺・妙本寺
Dec. 6 '17
鎌倉宮

 哀調帯びた唱歌「鎌倉」は小学校6年生の時の江の島鎌倉遠足で歌った懐かしい曲です。その第六章節に、この鎌倉宮が詠われていて、いつか来てみたいなと思っていました。この鎌倉宮は明治2年(1869年)に明治天皇の勅命で創建された管幣中社で、鎌倉宮の御祭神は御醍醐天皇の第一皇子護良親王です。この護良親王は鎌倉幕府倒幕の功労者として征夷大将軍になりましたが、後に足利尊氏と対立し幽閉され、28歳で殺害されたという悲運の皇子です。唱歌「鎌倉」の第六章節に「鎌倉宮にもうでては 尽きせぬ親王のみうらみに 悲憤の涙わきぬべし」 ということも理解できました。

鎌倉宮・・・朝8時過ぎに到着

拝殿前に近づく

鎌倉宮・拝殿・・・右手に村上社

手水社                     割り石
 

拝殿を振り返る・・・拝観時間 9時30分からを早めにしていただいて感謝です

本殿

南方社?                    土牢 
 

土牢・・・護良親王(もりながしんのう)が憂悶されたという牢

鎌倉宮碑

宇津峯神社から贈られた神石・・・3つの石は護良親王、後村上天皇、後亀山天皇に見立てられているという

教育勅語の碑・・・明治23年に発布した教育理念       多宝塔・・・日賢上人の供養塔             
 

 宝物殿                    社務所正面
 

社務所前の見事な紅葉

瑞泉寺

 鎌倉の紅葉めぐりで、鎌倉宮の次は山深い二階堂の谷戸に建つ瑞泉寺を訪れました。この瑞泉寺は鎌倉公方の菩提寺として、鎌倉五山に次ぐ関東十刹に列せられた格式のある寺院のようです。また瑞泉寺は文学や学問とゆかりの深い寺でもあり、鎌倉時代には五山文学の拠点として栄え、近世には徳川光圀が自身の鎌倉旅行を「新編鎌倉誌」として編纂をさせたという。そして、本堂裏には昭和45年に発掘、復元された庭園があり、国の名勝にも指定されています。

総門                     山門
 

山門を入り、大玄関方向に進む

本堂(大雄宝殿)・・・本尊の「釈迦牟尼仏」、徳川光圀が寄進したという「木造千手観音菩薩坐像」が安置されている

名勝・瑞泉寺庭園の碑                偏界一覧亭        
 

名勝・瑞泉寺庭園・・・右手の穴が天女洞

名勝・瑞泉寺庭園・・・夢窓国師作

庭園の続き

大玄関と庭

   鐘楼                  山崎方代の歌碑
 

吉田松陰留跡の碑・・・吉田松陰、瑞泉寺とは縁が深かったようです

吉野秀雄歌碑

妙本寺
  鎌倉にある妙本寺というお寺は今回の鎌倉紅葉めぐりで初めて知った名前でした。この妙本寺は「日蓮聖人を開山に仰ぐ日蓮宗最古の寺院で、開基は比企能員の末子、順徳天皇に仕えた儒学者比企大学三郎能本」です。と、妙本寺のHPに書かれていました。さらに、「比企一族は建仁3年(1203年)に権力保持を目論む北条一族によって滅ぼされました。その争いを「比企の乱」といいます。」とあり、私などは比企の乱という言葉そのものも初めて耳にした次第です。

妙本寺・二天門・・・弁柄塗りで1840年(天保11年)の建立という

多聞天                    持国天
 

妙本寺・祖師堂・・・鎌倉最大級の木造仏堂です

天井の彫刻・・・日蓮宗の開祖である日蓮聖人(祖師)を祀るお堂

アングルを変えて見上げる

   日蓮聖人銅像                比企一族の供養塔(墓)
 

鐘楼                      本堂
 
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