久留里城
Aug. 30 '05
 平安末期、平将門の三男頼胤によって築城されたという伝説があり、別名「雨城」とも呼ばれています。天文6年(1537)頃、里見義尭によって攻め取られた久留里城は以後、里見氏の本城となり房総半島の大半も支配するようになりました。そして、最盛期になってからは北条氏との対立が激しくなり城はたびたび戦乱の場と化しましたが、天正18年(1590)に徳川家康が関東に入ってから久留里城に大須賀忠政を入封させ、これを期に久留里城は中世的な城から近世大名の居城として改築されていったという。城の本丸は小櫃川にのぞむ標高145mの山頂にあり、西中腹には二の丸、山麓に三の丸がありましたが現在、本丸には三層の復元天守、二の丸跡には久留里城址資料館が建っています。

   久留里城への道           雨が多く雨城とも云われた
 

途中から二の丸まで通じる主尾根上の散策路

火薬庫跡                 堀切跡
 

  お玉が池               古木と詩の碑
 

二の丸脇の薬師曲輪跡から見る城下の風景

堀切跡・・・往時にはいつでも落とせるという木橋が沢山掛けられていた

         雨城八幡神社          新井白石像・・・青年期の数年、久留里城に過ごす
 

二の丸跡と復元された土塀           男井戸、女井戸跡      
 

   二の丸付近の天神曲輪跡       波多野曲輪跡・・・本丸の真下に位置
 

復元天守閣の全景・・・二層三階の天守

復元天守閣をサイドから・・・左の盛地が天守台跡

復元天守閣を正面から

    天守閣の内部           要害堅固な城まわりの様子
 

    本丸・天守台跡          弥陀曲輪跡・・・本丸裏に位置
 

天守閣から外房方面を眺望

天守閣から見る城下の村々

      土塀跡           なつぐみ・・・樹齢90年とか
 

   二の丸跡に建つ資料館        上総掘り・・・井戸掘りやぐら
 
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